第7回れきしクラブ 藤原道長あたり・・・後編

 

 

 

 お待たせいたしました。

 

れきしクラブ、続きです。

 

 

 残念ながらIリッシュ家は宇治、

2年生のT生君は京阪三条でお別れ。

 

三条から市バスに乗り、荒神口でおりました。

 

人通りの少ない荒神口通りを少し西にはいると、

ひっそりと建つ碑と説明板が。

法成寺跡

 

法成寺址

となっています。

 

このお寺は、藤原道長が建てた壮大なお寺で、

平等院のモデルになったといわれています。

 

いまはこの石碑だけが目印ですが

説明板をみて、当時のお寺の広大なお寺の範囲を

想像しました。

 

ここから西へすぐの御所のほうへ。

北へ向かって約250メートルほど歩きました。

大宮御所の北の端まできました。

 

土御門

 

今歩いたところが、上東門邸(土御門邸)と呼ばれた

藤原道長の邸宅跡です。

ちょうど邸宅の東の端、馬場の辺りを歩いたことになります。

午前中に行った源氏物語ミュージアムで、上東門邸がモデルとなった

ともいわれている、光源氏が住んだ六条院の模型をみてきたので

だいたい想像がつきます。

ここで、道長は有名な歌

 

この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば

 

を詠みました。

 

さて、そろそろ水筒のお茶がなくなってきました。

 

どこかコンビニで調達~と思ってたら

すぐ北側に染井の名水、梨木神社があるではないですか!

この神社は新しく、平安時代とは関係ないですが、

お水をいただきにお参りしました。

染井

 

 

染井ルール

 

おいしいお水をいただいたあとは、

斜め向かいの

蘆山寺へ。

 

蘆山寺

 

ここは、紫式部が源氏物語を執筆したお寺・・・

ではありません(*^_^*)

紫式部が源氏物語を執筆した家があったところです。

そこへ、後世蘆山寺が移転してきました。

ちゃんと、お寺の玄関先にそう書いてあります。

 

ろさんじ

 

道長の住む上東門邸とここは、目と鼻の先。

紫式部の職場ってとても近かった!?

 

蘆山寺には、「源氏庭」という白砂と苔の美しい庭があり

 

源氏庭

今は桔梗が見ごろで

紫式部とその娘の大弐三位の歌碑がありました。

 

めぐりあひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲がくれにし 夜半の月かな 

            

ありま山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする

 

 

親子碑 

日比野光鳳先生筆です。

分かりにくいですね。やっぱり拓本ですね。

 

 

蘆山寺をあとに、バスに乗りました。

紫式部のお墓へ行きます。

 

紫式部墓

 

ここで、源氏物語にもでてくる、加茂祭(葵祭)のルートが、

今と昔ですこしちがっていたと説明がありました。

 

紫式部墓前

 

 

昔のメインルートの一条通りでは、総勢約850人の絢爛豪華な

行列が通り、源氏物語の第九帖「葵」で、六条御息所屈辱の

車争いの舞台となりました。

その後、下鴨神社から今の植物園の中を通って上賀茂神社に到着。

社頭の儀を終えた斎王一行は、御園橋をわたって知足院(現常徳寺)

や雲林院にたちより、加茂斎院へ帰ってきました。

 

枕草子にも「見物(みもの)は (第二〇六段)」に

加茂祭りのかえりの行列は、たいへんおもしろい。

となっています。

雲林院や知足院のあたりに立っているいくつかの車の様子

や、ホトトギスや鶯が鳴く様子が描かれています。

 

雲林院ですが、今の場所

 

雲林院

 

 とはちがうところにあったそうです。

 

説明板

 

でも、境内には、僧正遍照の歌碑がありました。

 

あまつ風 雲のかよひ路 ふきとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ

 

あまつかぜ

 

 

 

近くのンションが建っているところが、もとの雲林院です。

 

雲林院

 

発掘調査の結果、離宮跡であったことがわかったそうです。

広大な敷地の西の端の一部に、いまの雲林院は建っています。

 

 

ここをかつて斎王一行が立ち寄ったんですね。

 

 

それから、斎院はどこにあったかというと・・・

 もう少し、南、ぐるぐる歩き回ったので、方向がわからんように

なってきました^_^;

 

民家の奥にある鳥居をくぐると

 

七野神社

 

櫟谷七野神社の境内にでました。

表はこんな鳥居でした。

表鳥居

 

この小さな神社が斎院跡です。

杭迫柏樹先生筆の「斎院跡」の碑がありました。

 

斎院跡

 

 

ここで、葵祭は終了です。

 

葵祭のルートが、いまと昔で違うとは、考えもしませんでしたが

紫式部や清少納言の、それぞれとっておきスポットがあった

のかもしれませんね。

 

ここで、今回のれきしクラブは終了です。

 

みなさん、ながながとおつきあいくださいまして、ありがとうございました。

 

 

 

おまけ

 

蘆山寺に「御土居」の跡がありました。

おどい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




コメント

京都は色んなところに歴史の足跡がありますよね。
京都を歩くと歴史を感じるんでしょうね(^^)
歴女ではないので素通りしてます(^^;;

2012年9月11日 3:57 PM | ルンルン

ルンルンさん
歴史の足あと多すぎて、時代が交錯してしまいますね。
歴女でなくても、無意識に肌で感じてはると思いますよ~(^_-)-☆

2012年9月11日 10:15 PM | kaheno

毎回マイナーな?場所を見つけはるご主人がスゴイ!
子供達はどこまで理解できてるんやろうね?

雲林院は、結婚するまで毎年お正月にお参りに行ってました。
かへのさんのご実家から近いから、なじみのある所ですね。

2012年9月11日 11:09 PM | ちっち

ちっちさん
子供達が理解できてるかといえば・・・?
今回は特に。
実は大人向けかも。大きくなっても歴女でいるなら
資料はきっと役に立つ!^_^;

雲林院、わたしはお盆のお精霊さん迎えに行ってたよ。

2012年9月12日 6:09 AM | kaheno

書道界の重鎮の歌碑をありがとうございます(*^^)v
京都は本当に凄い!!(^_^)/
時間も余裕も無かったけど、母と歩きたかったな~(^_^)

2012年9月12日 10:25 AM | るみ

るみせんせい
歌碑はもっとわかりやすく撮れたらよかったです(/_;)
源氏物語千年紀に建てられたんでしょうか、けっこう新しい感じでした。

実家の近くの雲林院にあったのは、知りませんでした^_^;

2012年9月12日 10:37 PM | kaheno

コメントの投稿

* コメントフィード

トラックバック

トラックバックURL: http://kaheno.jp/2012/0911152846.html/trackback/

↑ページトップへ

Get Adobe Flash player