れきしクラブ

第4回れきしクラブ

前回は、新撰組を中心に廻ったれきしクラブ、

今回は坂本竜馬を中心にたずねてみました。

他校のA里ちゃん親子も参加してくれはり、合計8人の参加でした。

 

まず、伏見の寺田屋へ。

寺田屋

そばには、宇治川派流がながれています。

このあたりは伏見港の中心地で、蔵や旅籠が軒を連ねて賑わったところで

寺田屋もそのうちの一軒です。

十三石船

 

こんな船に乗って竜馬は、大阪から京都へ、丸一日かけてやってきました。

寺田屋見学のあと、京都SKAY観光協会のボランティアの方から

寺田屋騒動や坂本竜馬襲撃事件の説明を聞きました。

 

キズを負った竜馬は、この川で流れる血を洗い、

近くの材木小屋に隠れ

薩摩藩が川船をだしてくれて九死に一生をえたのです。

 

竜馬が隠れた材木小屋の写真が、寺田屋内にありました。

 

 

材木小屋

 

 

実際に、竜馬が逃げたと思われる道をたどって歩きました。

 

材木小屋の跡地には石碑がありました。

材木小屋跡

ここから船に乗り、伏見薩摩藩邸に避難するのですが、我々は歩きで(^_^;)

 

 

 

 

薩摩藩邸跡

 

 

かなり歩いたのと、お昼近くになってきたので、薩摩藩邸跡になにか建物があると

思っていた子ども達は、石碑だけなのでガックリ(/_;)

出てくる言葉は、「お弁当どこで食べるの?」

という質問にかわってきました(~_~;)

 

次の予定はお弁当なので、京阪電車に乗り三条までGO!

 

三条大橋の下で、お弁当タイム♪

お弁当タイム

お弁当交換が憧れやったA里ちゃん、みんなとお弁当やおやつを交換して

仲良くなれたかな?

最近は学校ではおかずの交換は禁止されてるんですね。

 

さて、午後からは木屋町通りを歩き、高瀬川の運河沿いに点在した

長州藩邸跡、土佐藩邸跡など、各藩邸があったのは、

物流の拠点であったからだったことを確認しました。

第二回(明治時代)で行った「一之船入跡」から歩いたのですが、

子ども達は、「ここ来た~!」と覚えていました。

竜馬が海援隊の事務所として出入りし、住まいもしていた、

「酢屋」という材木屋さんにも寄りました。

2階がギャラリーになっていて、

竜馬の手紙やここに船泊まりがあったことを記す古い地図などが

展示されていました。

 

次に、竜馬が暗殺された「近江屋」跡へ。

コンビニの前に看板がたっているだけでしたが、

写真を撮る人も次々ありました。

そうそう、三連休の初日ですもんね。

近江屋跡

 

 

ここで暗殺された竜馬のお葬式は、東山安井の霊明神社というところでありました。

竜馬の亡骸が通った道をたどるべく、東山安井までバスに乗りました。

 

安井金比羅の向かい、高台寺につづく道ですが、じつは今車が行き交う参道は

最近できた道で、竜馬の葬送の道はその脇の細い道でした。

葬送の道

 

かなりの坂道で、遠くに八坂の塔が見えます。

 

さらに、長い石段を登って・・・・・

 

やっとたどりつきました。

霊明神社

 

今はとても小さい神社ですが1809年創建で、以前は二千坪有していたそうです。

それが明治のごたごたで公収され、竜馬のお墓も明治以後にできた

「京都霊山護国神社」が管理しているということです。

 

なので、竜馬のお墓をお参りするには、すこし下りて、

霊山護国神社から入ることになります。

 

また石段を上がって、上がって・・・

霊山護国神社より

 

京都を見下ろす地に、坂本竜馬、中岡慎太郎はじめ、幕末の志士1356名のお墓がありました。

 

銅像

竜馬と中岡慎太郎のお墓の横には銅像があり、

墓前には花束やお線香がおかれ、手を合わす人が絶えませんでした。

 

霊山護国神社のふもとには、霊山歴史館という幕末維新総合博物館があり

そこへ行って今回のれきしクラブは終了なんですが、

初めて参加してくれたA里ちゃん親子は時間の都合でここでお別れ。

子ども達も「せっかく仲良くなったのに~」と別れを惜しんでました。

 

霊山歴史館は展示内容もわかりやすく、3D映像やパソコンクイズもあり

けっこう楽しめました。

霊山歴絵史館をで出てからT緒ちゃんが

「新撰組と坂本竜馬って、敵なんやんなあ・・・?どっちが悪いの?」

とポツリ。

 

うんうん、いいぞいいぞ~~(^.^)

 

 

予定時間をだいぶオーバーして、今回のれきしクラブは終了です。

 

しかし、よく歩きました!

子ども達も疲れたと思います。

 

ケータイの万歩計は約2万歩でした\(◎o◎)/!

 

 

れきしクラブ 3回目野外活動♪

先週末、3回目のれきしクラブ野外活動にいってきました♪

今回は、子ども達に人気の幕末編前半です。

 

まずは、岡崎にある黒谷さん金戒光明寺です。

ここは会津藩の駐屯地として約千人の宿泊所となったところです。

お寺の造りもそれとなくお城構えになっているのが、

駐屯地として選ばれた理由の一つのようです。

 

 

実は初めて訪れました(*^_^*)

黒谷さん

 

ひろい境内には、会津藩墓地もありました。

 

墓地へ行く道に、

いまをときめく大河ドラマ「江さん」の供養等が・・・

江さん供養等

 

会津藩墓所です

会津藩墓所

 

たくさんのお墓がありました。

 

続いて丸太町通りを西へ、京都府庁へ向かいました。

京都守護職として、松平容保が通った道であろうところを

涼し~いバスに乗って約10分くらい?(~o~)

土曜日なので府庁は閉まっています。

表になにか、京都守護職跡の石碑があるかと探しましたが

何もなく、記念撮影のみで(T_T)

府庁

 

あとから知ったのですが、中に石碑はあるみたいです。

今の府庁の敷地だけでなく、第二日赤病院のところまで

京都守護職の敷地だったみたいです。

 

 

そろそろ、お昼前で子ども達からは、

「お腹減った」「歩きつかれた」

の声が・・・(^_^;)

 

新撰組ゆかりの壬生寺でお弁当をたべようということで

きたバスに乗って、乗り換えて移動。

 

便利ですね~、一日乗車券♪

何回乗っても大人500円、こども250円。

 

さて、日差しもきつく暑くなってきたので

壬生寺へ向かう足取りもなんとなく重く・・・

でも、新撰組の旗をみつけると元気が出て走ったりヽ(^。^)ノ

 

旗が出ていたのは、新撰組屯所 旧前川邸でした。

個人の住居になっているため、公開はされていませんが、

玄関先で新撰組グッズなどの販売は土日にされています。

旧前川邸

 

お腹がへったのそっちのけでグッズをみたりスタンプ押したりして

けっこうハイテンションでした↑

 

そして、壬生寺にてお弁当(*^^)v

 

壬生狂言で有名ですが、初めてきました(*^_^*)

ちらほらの参拝客、節分以外はこんなカンジなんかな。

新撰組墓所もあったようですが、子ども達はお弁当食べて

鳩とあそんでたのでパス。

 

お隣の新撰組発祥の家、八木邸の見学に行きました。

京都SKY観光協会の方が受付や解説をしてくださっていて

少し始まっていましたが、新撰組がどうしてできたかということから

彼らが輝いた約二年間をわかりやすく説明していただき

子ども達も大興奮してました。

なかでも、芹沢鴨、平山五郎らが殺された時の様子を

実際の部屋を移動して刀の跡や芹沢鴨がつまずいた机など

本物を見ながら解説されたところは、聞いていたほかの見学者さんも

満足の様子でした。

 

見学のあとは、八木邸内の和菓子「京都鶴屋」さんの「屯所餅」とお薄で一服。

屯所餅

 

このセットは、大人の拝観券にしかついてなかったので

一つは、子ども達でわけわけしてもらいました。

意外と抹茶が好評でした♪

 

最後は大政奉還の地、世界遺産の二条城です。

 

京都市内の小学生は、学校名を告げたら土日は拝観無料(*^^)v

「K野小学校で~す」と元気に入城したら・・・

結婚式の御所車が通りました(^◇^)

結婚式

 

お向かいの京都国際ホテルがやってる、世界遺産で結婚式のプランでしょうね~。

パチパチ、祝福しました\(~o~)/

 

話がそれましたが・・・

 

国宝の二の丸御殿、子ども達は二周見学してましたよ!(^^)!

 

二の丸御殿を見学するだけでもけっこうな距離ですが、そのあと

城内を一周したらクタクタで・・・

最後にあった無料休憩所にたどりついたら、涼しいしほっこりしました。

子ども達はプリクラであそんで、またお土産を見て・・・

今回予定していたほど費用がかからなかったのでお土産買った子もいました。

 

二条城の年表をみて相方いわく

「将軍がいつも居たわけではなく、江戸時代に2、3回来ただけやのに

こんな立派な建物維持してたの、たいへんやなあ」と。

 

1603年に家康が初めて入城し1634年に家光が入城して以来

1863年に家茂が入城するまでの約二百年は将軍は来てない。

どうなっていたんでしょうね。

1866年に慶喜が将軍について1867年に大政奉還です。 

 

「二条城は、まさに江戸時代のはじめと最後を見守った城です」

というようなアナウンスが二の丸御殿で流れていましたが

その間のあまりにも長い主なきお城・・・

 

なんか切なくなりました。

 

 

3回目のれきしクラブ野外活動、無事終了です(^_-)-☆

 

第2回歴史クラブ野外活動

子供が主催の歴史クラブ、野外活動の2回目です。

今回は、明治時代の京都をめぐります。

東京遷都して、京都がさびれていくのをなんとか盛り上げようと

いろいろな方面の発展に努力された時代を、室内を中心に(暑いので)

訪ねました。

まず、西陣織会館へ。

西陣織会館は、織機の展示があり、実演もされています。

今は、国民文化祭のPRで、ゆるキャラ「まゆまろくん」を「繭」から作る

キットや、「繭」で人形を作る体験もできるようになってました。

まゆまろ

観光客は中国人が多いです。

子供が珍しいのか、写真をとったり、話しかけたりされてました。

西陣織は、明治5年にフランスのリヨンからジャカード織機を輸入して

画期的に近代化しましたが、それまでは、「空引き機」という

織機で3人がかりで1台の織機を動かしていました。

空引き機

ジャカード織機での実演を見入る子供達。

西陣織会館

一人で動かせるようになったジャカード織機でも、

何メートルもある紋紙で、

模様が数センチ織れるだけなんですよ。

昔は大変手間のかかる仕事だったことが窺えます。

近所の機の音もめっきり減りましたが、

今回の参加者のなかで、一人織り屋さんがいはりました。

でも、機械で織ってはるので、紋紙もフロッピーにかわっています。

次に島津記念館へ行きました。

現在の島津製作所の創設者、島津源蔵親子の功績を展示してあります。

理化学研究のための実験器具等をつくっていたのですが、

実際に実験を体験させてもらえました。

島津

係りのお姉さんの実演のあとも、子供達だけで楽しそうにやっていました。

島津記念館を出たあとは、鴨川の石を渡って川端通りに出て、

コンビニで昼食を買いました。

昼食選びに時間のかかったこと(^_^;)

そして、疎水沿いでお昼ご飯♪

少し遊んだあと、気温も上がってきましたが、

がんばって疎水沿いを疎水記念館まで歩きました。

途中で、琵琶湖疎水と水力発電所などを計画をした

北垣国道の銅像を見たり、

二条通りにその電力を使ったチンチン電車が走っていた

ことなどを聞きました。

疎水記念館に入るまえに、インクラインの跡をみて、

記念館の中の模型を動かしてみたり、

パソコンのクイズに挑戦して盛り上がってました。

疎水記念館

こうした技術の発展を集めて、平安遷都1100年を記念した

「第4回内国勧業博覧会」が開催され、その目玉に平安神宮ができました。

チンチン電車も日本で初めて開業し、

博覧会のお客さんの足として活躍しました。

時代祭りもこの年から行われています。

今でいうと、

平安神宮が「シンデレラ城」で、時代祭りが「エレクトリカルパレード」

だそうです(相方談)

第1回のときに訪れた平安神宮は、平安京のモデルという観点からでしたが、

今回は博覧会のシンボルとして見てみました。

日本で初めて開業したチンチン電車が、梅小路で走っているので、

乗りにいきました。

チンチン電車

約200メートルを往復するだけなんですが、

明治人の気分になれたかな?

はい、第2回の野外活動、終了です(^◇^)

歴史クラブ第1回野外活動

娘のお友達のTちゃんが発起人で、少し前から子供達だけで

自主的な「歴史クラブ」なるものを週に2回やっていました。

歴史に興味がある子が集まってなにやらやってるようで・・・

実は入部にテストがあり、「織田信長を殺した人はだれか?」

とか、「御土居をつくった人はだれか?」というような問題に答えられたら

入部できるとか。

学校でもらった「ジュニア日本文化検定テキストブック」で勉強してるみたい。

 

歴史地理が好きな相方は、そんな話を娘から聞いていて

どこからどういう話になったのか、「野外活動に連れてったげるよ」

てな話が盛り上がり、今日が記念すべき第一回の野外活動でした。

子供達の意見を聞いて平安時代のことを学びたいということで、

平安時代にスポットをあてて朝から出発!

まず「京都アスニーにある「平安創生館」へ行って平安京復元模型

をみて平安京を体感し、これから廻るところや自分が住んでるところや

身近な千本通りはどんなだったかを見ました。

隣の部屋には、源氏物語を再現したミニチュア人形が展示してあり、

貴族の生活を垣間見、庶民の食事の再現に「けっこういけてる~」の声も。

 

次に、千本丸太町付近の「大極殿」後付近にたくさんある「○○殿址」

を歩いてまわりましたが、だんだん気温が上がってきて暑い!

豊楽殿

休憩がてら涼しいバスに乗り、梅小路公園へ向かいました。

ここでお弁当ターイム♪

みんなで輪になり手を会わせて

部長「いただきます!」みんな「いただきます!!」

お母さんが作ってくれたお弁当をみんなでおかず交換とかしながら

楽しく食べて、広い公園で少し遊びました。

隣では水族館が建設中。

 

午後からは、梅小路公園から東寺→羅城門址→西寺址と、

水分補給もしながらよく歩き、バスに乗り平安神宮へ。

東寺

東寺は、私も初めて拝観料を納めて入りました。

国宝や重要文化財の仏像がいっぱいありました。

かたや羅城門址や西寺址は、はかなくも石碑しかない。

子供達は羅城門があると思ってたようで、小さな公園にある

石碑をみて驚いてました。

 

午前中に歩いてまわった大極殿のイメージを想像しながら

平安神宮をみてみるという意図だったのですが

子供たちはどこまでイメージできたかな?

私もそういう目でじっくり眺めたことがなかったので、

平安京、なんと壮大な都だったのかと改めて感じました。

この平安神宮の約2倍の大きさの大極殿が千本丸太町に

ド~~ンとあったんですよ!!

平安神宮

ちなみに、10月22日に行われる時代祭りは、平安遷都の日なんです。

桓武天皇が新京に遷られた日に、時代祭りが行われてるんですね。

京都市民はみんな平安神宮の氏子なんで、市民が分担して時代祭りの

行列に参加しますが、一昨年はうちの学区が当番で相方も都大路をねり歩きました。

 

帰りのバスも座れて、私はうたた寝してましたが子供達は元気でした。

京都はあらゆる時代の遺構や遺跡が混在しているので、今回の平安時代に

スポットをあてた野外活動が子供たちの心に少しでもひっかかっていたらいいな

と、相方は考えているようです。

 

ともあれ、暑い中での野外活動が無事終了してやれやれでした。

 

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